会社の社長や役員は労災保険には入れないのでしょうか?それは、基本的には入れません。そこで事業主や役員には、労災保険の特別加入制度というのがありますので詳しく解説します。
労災保険とは
そもそも労災保険とは、業務上の理由、または通勤による労働者の負傷・疾病・障害、または死亡に対して労働者やその遺族のために、必要な保険給付を行う制度のことです。
労働者が通勤や仕事で怪我などをした場合は、認定されれば労災保険から補償が受けることができます。労働者の仕事が原因の怪我や病気に対して、補償をするのが労災保険です。
基本的に対象は、労働者ということになります。労災保険は、労働者のための保険制度ですから、事業主や役員は対象外というのが基本です。事業主や役員は労災保険へ加入できませんし給付を受けることができません。
労災保険とは「労働者災害補償保険」の略であり、労働者を対象にした保険制度です。労働者の労働災害による怪我、障害や死亡など、作業や職場環境が原因でかかる病気、働き過ぎによる精神疾患なども含め、仕事が原因の労働者の病気や怪我に対して給付が行われます。通勤中の事故による怪我なども給付の対象になります。
労災保険は、雇用されていて立場の弱かった労働者、従業員を保護するために設けられた制度です。
従業員を雇用する事業主は、労働基準法上の安全配慮義務があります。業務上の事故による傷病などが生じた場合は、使用者に過失がなくても被災労働者や遺族に補償義務があります。(労働基準法第8章「災害補償」)
労災保険法は、労働基準法の災害補償の規定を担保するための法律であり、昭和22年に姉妹法として制定されました。労働基準法は、役員や家族を労働者としていません。したがって労災保険も役員や家族は、保険給付の対象外としています。
事業主や役員でも労災保険が適応になる場合もある
基本的に事業主などの役員は、労災保険から給付を受けることはできません。労災保険には入ることはできませんが、役員の性質によっては役職の名前に関係なく、労災保険の給付対象になる場合もあります。
どのような範囲の役員が労災保険で補償を受けられるかは、労働者性によって判断されます。
労働者性とは、労働者を判断する基準であり、具体的な判断としては、勤務時間、勤務場所の拘束の程度と有無、業務内容や遂行方法に対する指揮命令の有無、仕事の依頼に対する諾否の自由の有無、機械や器具の所有や負担関係、報酬の額・性格、専属性の有無などを総合的に判断がなされます。
また、役員であっても中小事業主といっしょに労災保険の特別加入をすることによって、労災保険の適応を受けることができます。

労災保険の特別加入制度
実質的に労働者と同じように働いている中小企業などの事業主が多くいるのが実態です。その状況化において、労災保険に特別に加入することができる労災保険の特別加入制度があります。
中小企業の役員も中小企業主といっしょに労災保険に特別加入することができます。
特別加入とは、事業主でありながら、実は労働者でもあるというような業務内容の実態、災害の発生状況などからみて、労働者に準じて、労災保険により保護するにふさわしい者について、特別に労災保険の加入を認める制度です。
労災保険の特別加入とは、労働者以外でも労災保険への加入を特別に認める制度です。労働者ではないものの、労働者と同じように労災保険の対象とすることが妥当であると判断された者が、申請手続きを行うことで労災保険に特別加入することができます。
中小事業主や一人親方、特定作業従事者、海外派遣者、定められた事業を行う個人事業主が労災保険に特別加入することが認められています。役員は中小事業主とともに労災保険に特別加入することになります。
労災保険の特別加入の対象者
中小事業主は、本人のほかに家族従事者など労働者以外で業務に従事している人全員をまとめて(包括して)労災保険に特別加入する必要があります。
- 中小事業主の労災保険の特別加入が認められるのは、次の企業規模の対象者です。
- 金融業・保険業・不動産業・小売業 労働者数50人以下
- 卸売業・サービス業 労働者数100人以下
- そのほかの業種 労働者数300人以下
- 対象者は、次のとおりです。
- 事業主(事業主が法人そのほかの団体であるときはその代表者)
- 労働者以外の事業従事者(事業主の家族従事者や、中小事業主が法人そのほかの団体である場合の代表者以外の役員など)

労災保険の特別加入申請の手続き
中小事業主などの役員の労災保険特別加入は、次の要件を満たしている場合に認められます。
雇用する労働者について保険関係が成立していること
労働保険の事務処理を労働保険事務組合に委託していること
この2つの要件を満たしていない場合は、中小事業主や役員が労災保険に特別加入することはできません。
- 特別加入申請の手続きは労働保険組合を通じて、次の方法で行われます。
- 提出書類:特別加入申請書(中小事業主等)
- 提出先:所轄の労働基準監督署長を経由の上、労働局長
労災保険の特別加入の補償範囲・保険料
労働者が労働災害にあった場合は、重大な過失や故意による相殺分を除いて、労災保険から保険給付を受けることができます。
これに対して特別加入の中小事業主や役員は、限られた範囲でしか労災保険から補償を受けることはできません。労災保険に特別加入する場合には、補償範囲と保険料について確認しておくことが必要です。
補償範囲
業務または通勤により被災した場合のうちで、一定要件を満たすときに労災保険から給付が行われます。
同一の中小事業主が2つ以上の事業の事業主となっている場合、1つの事業の中小事業主として特別加入の承認を受けていても、特別加入をしていない他の事業の業務により被災した場合は、保険給付を受けることができません。
業務災害
就業中の災害であって、次の(1)~(7)のいずれかに該当する場合に保険給付が行われます。
(1)申請書の「業務の内容」欄に記載された労働者の所定労働時間(休憩時間を含む)内に特別加入申請した事業のためにする行為およびこれに直接附帯する行為を行う場合(事業主の立場で行われる業務を除く)
(2)労働者の時間外労働または休日労働に応じて就業する場合
(3) (1)または(2)に前後して行われる業務(準備・後始末行為を含む)を中小事業主などのみで行う場合
(4) (1)、(2)、(3)の就業時間内における事業場施設の利用中および事業場施設内で行動中の場合
(5)事業の運営に直接必要な業務(事業主の立場で行われる業務を除く)のために出張する場合
(6)通勤途上で次の場合
労働者の通勤用に事業主が提供する交通機関の利用中
突発事故(台風、火災など)による予定外の緊急の出勤途上
(7)事業の運営に直接必要な運動競技会その他の行事について労働者(業務遂行性が認められる者)を伴って出席する場合
複数業務要因災害
事業主が同一でない二以上の事業における業務を要因とする傷病等が発生した場合であって、要件を満たしていれば、労働者と同様に保険給付が行われます。
通勤災害
通勤災害では、一般の労働者と同様に取り扱われます。
通勤災害は、通勤により被った負傷、疾病、障害または死亡をいいます。通勤とは、就業に関し、①住居と就業の場所との間の往復 ②就業の場所から他の就業の場所への移動 ③赴任先住居と帰省先住居との間の移動を、合理的な経路および方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとしています。
これらの移動の経路を逸脱・中断した場合は、その逸脱・中断の間およびその後の移動は通勤となりません。ただし、その逸脱・中断が、日常生活上必要な行為であって日用品の購入などをやむを得ない事由により最小限度の範囲で行う場合は、合理的な経路に戻った後の移動は通勤となります。
保険料
中小事業主の特別加入の保険料は、給付基礎日額をもとに次の式で計算されます。
1年間の保険料 = 給付基礎日額 × 365(日) × 保険料率
給付基礎日額は特別加入の申請に基づいて労働局長によって決定されます。保険料の計算のほか保険給付の金額算出の基礎となるため、適正な額である必要があります。
支給制限
特別加入者が業務または通勤により被災した場合には保険給付が行われますが、その災害が特別加入者の故意または重大な過失によって発生した場合や保険料の滞納期間中に生じた場合には、支給制限(全部または一部)が行われることがあります。
事業主や役員が労災保険の特別加入をする手続き
事業主などの役員は、家族従事者など労働者以外で業務に従事している人全員をまとめて(包括して)行われることが必要です。
申請書に特別加入を希望する役員の氏名や給付基礎日額を記入して労働保険事務組合を通じて加入申請の手続きをします。
特別加入制度の手続きの流れと注意点
特別加入制度を利用するには、次の手続きが必要になります。
労働保険事務組合に委託する
中小事業主等が特別加入制度を利用するには、労働保険事務組合に労働保険の事務処理を委託する必要があります。
労働保険事務組合に労働保険の事務処理を委託するには、入会金、会費、事務手数料などの料金が発生します。
特別加入申請書を提出する
特別加入申請書には、特別加入を希望する人の業務の具体的内容、業務歴、希望する給付基礎日額などを記入します。
記入した特別加入申請書は、労働保険事務組合を通じて、所轄の労働基準監督署長を経由し、都道府県労働局長に提出されます。
保険料を支払う
労災保険の特別加入の承認がされた場合は、所轄の都道府県労働局または労働基準監督署に、労働保険料の支払いを行います。
労働保険料は、特別加入者が任意に定めた給付基礎日額に基づき計算されます。給付基礎日額が高いほど保険料も高くなりますが、その分補償も充実します。そのため、保険料の負担と補償の内容を踏まえて、給付基礎日額を決めます。
加入時の注意点
特別加入制度を利用する場合は、次の点に注意が必要です。
役員のみの会社では加入できません
中小事業主などが特別加入制度を利用するには雇用する労働者について保険関係が成立していることが要件となります。
中小事業主などであっても役員のみの会社では、この要件を満たしませんので特別加入制度に加入することはできません。
特別加入にあたって健康診断が必要な業務がある
特別加入を希望する人が次の業務に一定期間従事している場合は、加入申請時に健康診断の受診が必要になります。
粉じん作業を行う業務に3年以上勤務している場合
振動工具を使用する業務に1年以上勤務している場合
鉛業務に6か月以上勤務している場合
有機溶剤業務に6か月以上勤務している場合
健康診断の結果、すでに疾病にかかっているような場合は、特別加入が認められないこともあります。